イッカク通信発行所フィールドノート2004年5月

寄生バチ二種

04.5.2
 期せずして二種の寄生バチとの出会いがあった。
 一つは、4月19日にその蛹となった姿を観察したコンボウアメバチ。ヤママユガやクスサンといったヤママユガ科のガにとりつく、この大型の寄生バチの登場に立ち会うことが出来た。
 このハチが出ようとするタイミングは大まかにはつかみやすい。寄主の蛹から成虫の姿であらわれるのだが、その前に蛹殻に脱出するための穴をかじって開ける。蛹殻はけっこう固く、そのためハチが穴を開けるときにはけっこう大きな「パリッ、カリッ」という音が聞こえるからだ。その音が聞こえれば、まもなく出てくるという予想が成り立つだろう……と考えていた。
 実をいうと5日前にもそのチャンスがあったのだが、もう少しのところで逃してしまっていた。その日、このハチに寄生されたヤママユガのマユからパリカリ音が聞こえ、半日ほどもその登場を待っていたのだが、結局みごとに空振り。蛹には穴が開いたが、マユに穴をあけるところまで一日たってもいかなかったのだと思われた。思われた、というのはマユの中がのぞけないために、想像したまでだ。その存在を忘れかけた3日後になってやっと、部屋の床に件のコンボウアメバチが歩いているのに気がつき、マユにはちゃんと5ミリほどの穴が開いていたというわけ。
 今日の場合は、朝、クスサンのマユからパリカリ音が聞こえたのだ。クスサンのマユはヤママユガと違い中が素通しだから蛹そのものを見ることができるのだが、その頭部に穴が半周ほど開けられ、コンボウアメバチの顔も見えていた。これはチャンス再来と待機。

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クスサンの蛹から出てきたコンボウアメバチ 体長35ミリほど

 ところで、クスサンのマユというのは中から出るためにあらたに穴を開ける必要がないしくみとなっている。川に沈めておいて魚をとる竹製のトラップのように、繊維がよりそってふさがった出口があらかじめ用意されているのだ。本来の主であるクスサンはもちろんその出口から体を脱出させる。では、寄生者であるコンボウアメバチはその正規の出口を通るのだろうか、それとも新しく穴をうがつのだろうか。
 しばらくすると、はたしてコンボウアメバチはマユの正規な出口からスルリと登場した。同じ種ではあるけれど、ヤママユガに寄生したものはマユに穴を開け、クスサンに寄生したものはマユに備わった出口を利用して、出てくるわけだ。
 つづいてもう一つの小さな寄生バチに出会う。これがまた興味深い存在だった。
 寄生されていたのはマエマワリ。つまり寝袋型のケースに入ったヒゲナガガ類の幼虫だ。マエマワリ一族の飼育ケースでは、このところ数日に一匹は羽化がされている。で、今日もケースをのぞいたら、見慣れない小さな虫が歩き回っていた。

DSCN6201.JPG
マエマワリ寄生バチ

 見ると体長5ミリと小さなハチ。マエマワリのケースの一つには直径0.8ミリという小さな穴が開いている。それでピンときた。このハチはマエマワリ(ヒゲナガガ)に寄生するマエマワリ寄生バチなのだ。
 僕自身、このクリ林の落ち葉下に潜むガの幼虫の存在に気づいたのはほんの数ヶ月前のこと。それも、ヒマにまかせて落ち葉下の越冬昆虫探しにたまたまはまっていたから見つけたのであり、さらに前回り移動するという珍奇な行動でも見なければ、おそらく素通りしていたであろうまさしく日陰モノだった。
 飼育ケースを今歩き回っているこの小さなハチは、その日陰モノをわざわざ狙って寄生する、さらに日陰モノの鏡のような存在といっていいだろう。もっともこのハチは、マワマワリが落ち葉の下に潜り込んでしまった後ではなく、まだどこかの樹上の葉で生活しているときにこのハチは卵を産みつけるのであろうが。
 最近このヒゲナガガ類の専門家とやりとりが始まったのだが、その方によれば、この仲間の生態についてはまだわかっていないことが多いのだという。しかるに、このマエマワリ寄生バチはちゃんとその生活を把握しているからこそ、今ここに存在しているのだ。
 コンボウアメバチといい、マエマワリ寄生バチといい、自然界の複雑さと微細さを知るのにこれほどふさわしい生きものもいないだろう。

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